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大丈夫です

こんにちは。わたしはなんとか生存しています(笑)。

いままでは写真と一緒にブログを投稿して、去年からは庭に来ている鳥を撮るのが楽しみのひとつでしたが、今は全く何の写真も撮りたくなく.....、というか、鳥を見ても、不思議と前のようにかわいい、うれしいと思う気持ちが湧いてこないんです。確かにジャムも庭に来ている鳥を足下で窓から一緒に見ていて、その光景も好きでした。でも一緒に見ているから鳥がかわいく思えていた意識は全くありませんでした。この気持ちは両親も同じです。かといって、一旦やり始めた餌やりを今止めることは残酷なので、春まではやろうねと言っています。
3人で見る風景と、3人と1匹で見る風景がこんなに違うものに感じるのは、自分たちでもびっくりしています。

いつになったらまた鳥がかわいく見えるくらい、写真が撮りたくなるくらい、元気な気持ちが湧いてくるのか、自分でもわからなくて不安にはなりますが、今は日記としてブログをUPしておいて、なにかのきっかけになればと思います。書くというのは、気持ちの落ち着きにもなるもんですね。

ジャムがいなくなって2週間。わたしはもともと体調を崩していたこともあり、なかなかまだ起き上がれません。両親は、さみしい気持ちは一緒ですが、体調を崩すまでではありません。
わたしは、声を掛けて下さる方に励まされたり、逆に、わたしを気遣って膀胱炎の薬について調べてくれた方の言葉に動揺したり.....一日の間でも、ちょっとしたきっかけで気持ちが大きく揺れて、ぽっかり空いた穴の塞ぎ方がわからない状態です。
そんな中、数日前に、ヒーリングを受けました。以前、体を壊した時に通っていた方に何年ぶりかでお願いしました。
今回、自分がどうしようもなく助けてもらいたいときに、ヒーリングを受けてみて、素晴らしさを再実感しました。
どう実感したかは、私の個人的なことに話が込み入り過ぎて長くなるので書きませんが、友達や家族と励まし合ったり、フラワーエッセンスを飲んだりするのとはまた違う次元から癒されます。こういうときに信頼しているプロのヒーラーの助けを借りられたのは、とても幸せだと思いました。
もちろん、ヒーリングを受けても、悲しみや病気が魔法のように消えて無くなるわけはないですが、”そういうことに翻弄されない本当の自分の光のようなもの”をちょっと思い出すことが出来て安心しました。
もし自分が将来ペットロスになりそうかもと思う方は、ヒーラーでもカウンセラーでも、信頼出来るプロを見つけておくことをお勧めしちゃいます。
藁をもすがりたい気持ちで会いに行ったら、すがったのは金麦だった!みたいな感覚です。(??かな)

それから、先週、犬猫の保護団体の施設に初めて行きました。
ジャムのために買って残ってしまったフードと、耳の洗浄液と、最期に夜間動物病院へ行くために用意して使わなかったお金を少し寄付して、動物達の様子も見学させてもらいました。
100匹ほどの犬猫がいました。子犬子猫、病気の子、老犬老猫....一匹一匹事情は違いますが、みんな共通して、いままで人間に愛情をかけてもらえなかった子達というのがひしひしと伝わってきました。10才前後(推定)の子が多く居て、あと一ヶ月で12才だったジャムと比べると、驚くほど肉体的に皆ずっとずっと年老いていて、何と言うか...苦労がにじみ出ているように見えます。施設で働いている方達は、精一杯お世話している様子です。立派とは言えないものの、清潔ですし、暖房もありますし、運動もさせてもらって、必要な医療も受けています。でもみんな一心に家族、家庭の愛情を求めていました。見学に行くまでは、「ジャム!ここにいたの?!」と、ジャムの生まれ変わりのような子がいたらどうしようか?と、両親と冗談話をしていたんですが、愛情を受けてきた子と、受けてこられなかった子の違いを感じ過ぎて、ジャムの面影があるような子はいるはずもなく、考えが甘かったなぁと思いました。改めて、一匹でも多く、早く、本当の家族が出来て幸せになってもらえるように、何かお手伝いをしなければと思いました。
ジャムは、あの子達と比べると、雲泥の余裕のある幸せ顔をしていました。(ブログの写真はお尻ばっかりか、小さく写ってるので分からないでしょうかね?)ペットは飼い主のストレスを一緒に背負おうとするそうなので、ともすれば体調を崩しネガティブシンキングに陥りがちなわたしと居ることで、ジャムなりに頑張っている部分は少なからずあったろうと察します。でも、一方では、大人3人の末娘として愛情を独り占めして、一匹お留守番もほとんどなく、時間が空けばジャムの喜びそうな公園へ行き....、概ねの犬生はマル印だったんじゃないかな、だって甘やかされている末娘オーラが全身から出てたからね、そう思うと、少し心が軽くなります。もっと一緒にいたかった寂しさ、悔しさは捨てられませんが、ジャムをあんなふうな試練に合わせずに育てきることができたのは、両親をはじめ、周りの人、もの、自分自身、神様、すべてに感謝したい気持ちです。

昨日の夜は、珍しくジャムの夢を見ました。生きている時でもほとんど見たことがありません。
わたしがジャムのお尻を撫でている夢です。
ジャムは、お尻を撫でられると、くすぐったくて体をくねくねさせて飛び跳ねるような仕草をしながら、もっとやってーとお尻を押し付けてきます。わたしはそれがおもしろくて、よくやっていました。
半分寝ていて、半分起きていたときの夢なので、そのときのささやかな楽しさと感触を思い出すのと同時に、あーぁもういなくなっちゃったんだなぁと涙が出てきて目が覚めました。

撫でたり、話しかけたり、ご飯を作ったり、病気のことを調べたり、面倒くさいと思いつつも散歩に出たり....いつも一緒だったわたしにとっては、すべての些細なことが大切な自分の一部で、それに支えられていたことがわかりました。
ありがとうジャム~。
今はそれに取って代わるものが見えなくて、起き上がる気力が湧かなくて辛いですが、見えてくる日をただ信じたいです。

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