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1月5日

今日はジャムの病院のお正月休みが開けて再診の予定の日でした。
5日、なんとか、5日まで.....カレンダーを見て何度思ったか知れません。気が遠くなるほど長かったです。
朝、父と母は、病院へ報告とご挨拶に行きましたが、わたしはどうしても恐くて行けませんでした。

昨日、ジャムを荼毘にふしました。
焼き場の方が、腸と肺が真っ黒に焼けたので、具合が悪かったんでしょうね、と言いました。
なぜ?肺は、たった2週間前は、レントゲン検査で癌の転移がなく綺麗だと言われたばかりなのに。
でも、最期は息がすごく苦しそうだったから、肺で何かが起こっていてもおかしくはありません。
もしかしたら、最期の日に水をあげて苦しさを増してしまったのかもしれません。
胃腸だって、手作り酵素と手作り食中心になってからは、日常に嘔吐や軟便も無く、食欲や便や尿の状態や、血液検査の結果からすれば悪くは無かったはずです。
そんな子が6日間で、内蔵がズタズタになってしまうなんて、宝物だと想っていた子に、自分はなんて恐ろしいことをしてしまったんだろう。急に恐怖がわき上がってきます。
そもそも最初に半日で10回吐いた時点で、抗生剤を続けるべきではなかったです。
今更ですが、自分のこととして考えたら、そこまで吐いた翌日に、胃に負担のかかる薬を飲むなんて考えられません。膀胱炎でいた方がまだましです。
てんかん発作も無くなり元気だっただけに、ジャムの体力を過信してしまいました。
思えばジャムの去年の2月の膀胱炎治療がこの一週間の負の連鎖のきっかけでした。
当時、薬を吐いてしまうことを病院に電話連絡した時、対応した看護婦さんが「吐いても飲ませるんです」とすぐ答えました。その即答ぶりは、何度も同じことを聞かれて答えているのがうかがえました。わたしが、でも、と食い下がると、結局、吐き気を抑える薬を一緒に飲ませるよう処方されました。その後再検査で先生に会った時、吐く子は他にいるのか尋ねると、けっこういる、という答えが帰ってきて、わたしは”膀胱炎の薬は吐いても飲ませなくてはならない、みんなそうやっている”と思い込みました。
普段は、ジャムが少しでも元気が無いように見えると、嫌いな爪きりや、耳の中の毛抜きやブラシなどを控えていたわたしがです。

この数日で痛感したことは、ジャムの一切を感じることができるのは、ジャムが慕っていた父ではなく、子育ての経験豊富な母ではなく、医療技術のある病院の先生ではなく、自分だっだということです。お散歩の仕方、便や尿の状態、ご飯の食べ方、仕草、寝方、表情、触り心地、体の限界....いつもとの微妙な違いまでわかるのは、一番身近でいつも一緒にいてお世話をしている人なんです。
言葉の話せないペットと最良の道へ進むには、そういう人が、すべきと言われたことよりも、勇気を出して自分の感覚に従わなければいけなかったんです。

ジャムが年を取ってきて、少しずつ若い頃との違いが出てきて、大きな病気を乗り越える度に、わたしたち家族の元から手放さなくてはいけない日がいつか来るんだな、という気持ちはいつも脳裏にありました。
だから去年の冬服をまた今年も着せられることがうれしかったし、夏のクールバンダナも、来年も使うことが出来るようにと願いを込めながら引き出しにしまいました。
ジャムが元気でうれしそうな仕草をする度に、まだ一緒にいようとしてくれていると感じて、ありがとう大好きだよ、と声を掛けていました。居るのが当たり前ではなかったです。

でも、まさか、自分の手から飲んだ薬が、子供同然とかわいがっていた存在の死の引き金になるなんて、あまりにも衝撃で辛過ぎるシナリオに、どう乗り切ればよいのか、途方に暮れてしまいます。
神様は負えない重荷は負わさないはずなのに、わたしにこれを負えとは酷です。

深いところでは、ジャムとわたしと両親の魂と神様が、今この時に、この世界ではお別れしようと選択したんだろうと思っています。偶然、たまたま運悪くで、命の火が消えるなんてことは、小さな一匹の犬の命であってもありえないでしょう。でも必然に従いたくない自分との葛藤の日々です。

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