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ジャムの最期-3

1月2日。ジャムがこの世に生きた最期になってしまった日。
夜中も、3回吐くような仕草をしました。その度に駆け寄って、背中を擦りながら嘔吐物を新聞紙に受ける準備をするんですが、何も吐き出しません。薬が効いたんだな、大丈夫なんだなと思って、4回目、5回目はわたしも眠くて駆け寄れなくて、ジャムの喉の吐く時の音だけを夢うつつで聞きました。
5時に母が起きました。そのときは昨日より落ち着いていることに、喜んでいました。でも、よく診ると、ひどい状態からは良くはなっているものの、息の荒さが治っていないのが気になりました。
ジャムの息の早さを自分で真似してみると、とても苦しくて、犬と人間の違いはあるでしょうが、この状態を病院が開く3日後まで我慢しなくてはならないのか、と気が遠くなりました。
夜中に吐き気があったようだから、まだ吐き気があってこの息なのかもしれない思い、吐き気止めの薬を6時に喉に押し込みました。水をあげようとして、容器を顔の下に差し出すと、そのままくたっと容器に顔を乗せてしまいました。自分では飲めないのがわかったのでスポイドで飲ませようと、ジャム口を開けようと指をいれるととても固く閉まっていて、開けるのに力がいります。そんなことは初めてだったので驚きました。昨日までは水をがぶ飲みしていたのに、今日は水が飲めないんです。
先生からは、食べ物は一週間くらい食べなくても大丈夫だけれど、水は飲ませた方が良いと言われていたので、飲ませなくてはと思いました。でも、薬と水をスポイドであげたら、すぐにとても苦しそうな息になってしまいました。父と私は思わずジャムに手を当てて、お祈りしました。しばらくすると治まりましたが、ジャムの胃は、小さな薬や水ですら受け付けなくなってしまっている、水もすこしずづあげなくてはと思いました。でも、母は私が小さい頃脱水症状で死にかけた時のことを思い出して、ジャムは点滴が無いのだからいっぱいあげたほうが良いのではないか、と言い、どうしたら良いのか迷いました。
朝から息がだんだん荒くなるにつれ、不安になってきました。わたしの目から冷静に状況を診ると、ジャムは昨日の治療で吐き気と下痢は治まったけれど、体のショック状態は治まっていないのではないか、と恐ろしい考えが浮かんできました。でも、昨日先生は焦っていなかったし、良くなるでしょうという話もしたし、悪い考えは誰にも言えずに押し込んで良いように良いように考えました。
朝だから、おしっこをさせた方が良いのではないかと昨日の夜と同じように支えながら立たせても、昨日よりも衰弱しきっていてジャムも呆然としている表情で、できません。
またどうしようもなく不安になってきて、10時に、先生は今日は居ないのを承知で、迷惑を承知で、父がまた留守電にメッセージをいれました。
それからは、ずっと息が荒く、時々、口を開けて苦しそうにしています。体を寝返ることもできなく、首をときどき動かすのが精一杯でした。ジャムの白目が真っ赤に充血しているのを見つけて痛々しくて悲しくなりました。わたしはずっとずっと、無心でお手当をしていました。テルミーは今はきつ過ぎると思い、お手当をして、少しずつ、スポイドで水を時間を置いて飲ませて、フラワーエッセンスを歯茎に塗るのを繰り返しました。時々、ジャムから離れて、不安を解消するのに姉にメールしました。
でも、ジャムから離れると私がもっと不安になるんです。辛そうでも恐ろしくてもなんでも、ジャムに触って体を感じて、顔を見て、無心になってお手当をしているほうが、不思議と落ち着きました。
目に写るジャムは、とても苦しそうなのですが、手を当てていると、体の状態とは関係無いジャムの純粋なエネルギーと、治したいなどの感情と切り離された私の無心のエネルギーがただ一つにつながって、こんなときでも、生きるものの神聖なものを感じとって、安心している感覚に時々なりました。
父と母は、仕事をしたり、ケーキを作ったりして、どうして今そういうことをするんだろう?という不思議なことをしていました。しまいには、変なことで口喧嘩です。後から聞いたら、母はジャムの苦しそうなのが心配で、近づくこともできず、関係無い用事で忙しくして、気を紛らわしていたそうです。父は、まさか数日前まで元気で、血液検査も良好だったジャムが胃腸炎ごときに耐えられずに死ぬわけが無いと思いこんで、目の前の状況は深く考えられなかったそうです。その時のことを、とても後悔していると後から話していました。
先生からは、お昼を過ぎても電話は来ません。ジャムの苦しみを肌で感じているわたしは、自宅件診療所のような近所の小さな動物病院に、一軒一軒戸を叩いてでも駆け込みたい気持ちでしたが、ジャムは本当はまだ大丈夫なんだと信じたい気持ちにすがっていました。
3時を過ぎたあたりで、急に一層苦しそうで早い息遣いになりました。わたしは、とてもとても怖くなり、近所のスーパーに買い物に出ている父を電話で呼び出して、と母に言いました。母はさっき喧嘩していたのと慌てたのとで、どうせ、いつも携帯を忘れて行くから無駄じゃないか、と言いました。でもわたしはとにかく早く帰って来て欲しくて、3メートルも離れていない電話の所へ行き、ジャムから手を離しました。そうしたら、ジャムが動かせない首をわたしの方へぐっと向けて、とても必死な目をして、行かないで!という顔をしました。わたしは思わず駆け寄って、またさすったり、手を当てたり、側にいるよと声を掛けたりしました。とても苦しそうで、もう死んでしまう、と思いました。それが私がジャムとアイコンタクトを取った最後になりました。
恐ろしくて、いたたまれず、やっぱり父に電話したくて、ジャムから離れて電話しました。電話がつながり、すぐ帰って来てくれることになりました。
わたしは、父が帰ってくるまでに、だめなのがわかっているのに、市内の病院に電話をかけまくらずにはいられませんでした。やはりどこも休みでしたが、音声の録音テープで札幌の動物夜間救急センターというところがあるということを知りました。
そうこうしているうちに、父が帰って来たので、電話係は父に任せて、ジャムの側にまた寄り添いました。ちょっと前の、急激な息の荒さは脱しましが、首や体を動かすこともできず、もう目はどこか遠くの一点を見ているような感じになっていました。父は、わたしの焦りに気がついて、再び主治医の先生の留守電に叫びのような声を吹き込みました。それから、父も母も夜間救急センターの住所を調べて行ってみようと言ってくれました。そうこうしているうちに、先生から電話が来ました。
先生に、ジャムの状態を説明して、このまま衰弱して死んでしまうことはあるのでしょうか?と尋ねると、昨日診た感じでは、そんなようには見えなかったけれど、動物なのでなんとも言えない、不安なようなら、自分は出先で診られないから、夜間動物救急センターへ行ってみたらどうか、と、ゆったりしたことを言われました。ジャムはまだ大丈夫なの?と一瞬ホっとしましたが、どうしても病院へ行かなければと思いました。でも、夜間救急センターは夜7時から受付です。その時は4時半ころでした。ここからは車で一時間の距離なので、早く行きたい気持ちは逸りますが、時間が余って車の中で待たなければならないと、ジャムの体に負担です。夜中に帰ってくることを予想して、空いた時間にご飯を食べることになりました。わたしはご飯は気もそぞろで食べられないので、まだジャムに話しかけたり、擦ったり、水で口を濡らしたりして、体や頭に手を当ててそばに居ました。父と母は、ご飯を食べ終わり、出掛ける準備をしていました。
ジャムの体にずっと掛けていた私のセーターを何気なくめくってみると、お尻のところが濡れていました。赤黒くて、おしっこかうんちか分からないような色でした。臭いでおしっこだと分かりました。さっきの先生の電話では、おしっこが出ないのはまずいと言っていたので、そんなすごい色のおしっこを見ても、良かった、と思いました。敷いていたマットが汚れたので、ジャムを抱きかかえて、そっと移動させました。そのとき普段では考えられないような感じで頭がだらんとなって、ドキッとしました。
毛布の上に移動させてすぐ、ジャムがいっそう又苦しそうになり、自力では動かせなくなった体が弓のようにゆっくり反り返り出しました。わたしは、あ、だめだ!と、夢中になって耳元で大きな声で話しかけました。「もうすぐ病院に行けるから、頑張って、ジャムジャム!」忙しそうに準備していた父と母も、駆け寄って上から覗きこみました。
その時、激しい肺の動きがすーっと静かになりました。ほんとうに死んじゃったの?心臓マッサージを、と一瞬思いましたが、それまでが、あまりにも苦しそうだったので、直前に頑張ってと言いながら、頑張らせたくない気持ちにすぐになりました。少し間があいて、反り返った体が、がくんがくんと痙攣のように3回ほど前に折れて、ジャムの胸に当てていた手の感触から、心臓の鼓動が消えいるのが分かりました。
体はまだ温かいのに、今までとは逆に緊張がほどけてとても静かな感触が不思議でした。
「死んじゃったの?死んじゃったの?」ジャムを撫でながら、目の前のことが分かりませんでした。みんなも顔を合わせて、「ジャムは死んじゃった?」と、口々に言っていました。
これは本当の出来事なのか、思考が停止して、お別れの言葉も感謝の気持ちも何もありませんでした。
ただわたしは「死ぬほど苦しかったのに、わかってあげられなくてごめんね」心から謝りました。
ジャムをしばらくは撫でたりしていましたが、まだ温かいのにもう動かないことが、いたたまれない気持ちになり、それからはみんなソワソワ別なことをしました。わたしは姉にメールしたり、ブログにUPしました。
父は、ジャムを入れる段ボール箱を探しに、また出掛けて行きました。
家ではジャムの下に敷く布の準備や何かを、淡々とこなしました。
ジャムを箱に移した時に、3人で囲んで、父と母がジャムのためにお祈りをしてくれました。初めて、涙と共に悲しい気持ちが急にわき上がってきました。皆泣きました。今もわたしは涙が止まりません。自分の一部を失ったような、ひどい悲しさをどうしたら良いか分からなくなりました。

姉が、向こうの時間では真夜中のはずですが、すぐ電話をくれました。
代わる代わる家族と話して、励ましてくれましたが、私は呆然としてどんな言葉を聴いても、自分に落ちてこない感じでした。


私を信頼して、少し困った顔をしながら抗生剤を飲み込んで、私に褒められると、しっぽをふってうれしそうにしていた姿を思い出すと、気がおかしくなりそうです。わたしの一番の宝物だったのに。いつもジャムのことばかり考えて、大切に大切にしていたのに。もっと一緒に長くいられるはずで、どうやったら元気で長生きできるのかを調べたり考えるのが何よりもうれしかったのに。
今は出来るだけ思い出さないように、ただ突然私の前からいなくなった事実だけを、受け止めざるを得ない状況です。

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